沿革
DM三井製糖株式会社
2022年 | 10月 | 三井製糖株式会社と大日本明治製糖株式会社が合併し、商号をDM三井製糖株式会社に変更。 |
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2023年 | 5月 | 本社を現住所(東京都港区芝五丁目26番16号)に移転。 |
2023年 | 7月 | 株式会社Muscle Deli(現 株式会社YOUR MEAL)を連結子会社化。 |
三井製糖株式会社
1947年 | 9月 | 湘南糖化工業株式会社創立。 |
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1949年 | 1月 | 商号を横浜精糖株式会社に変更。 |
1953年 | 12月 | 東京証券取引所に株式を上場。 |
1961年 | 10月 | 大阪証券取引所に株式を上場。 |
1962年 | 12月 | ベルマーク教育助成財団に協賛し、製品にベルマークを付ける。[大阪製糖] |
1963年 | 12月 | タイ国の製糖工場を買収して、芝糖タイ株式会社(現 The Kumphawapi Sugar Co.,Ltd.)設立。[芝浦精糖] |
1970年 | 11月 | 当社、芝浦精糖株式会社(資本金13億円、1947年創立)及び大阪製糖株式会社(資本金10億円、1940年創立)の3社が合併し、商号を三井製糖株式会社に変更。(資本金33億円、本社:東京都千代田区大手町二丁目6番4号、主要工場:芝浦工場、川崎工場、岡山工場) |
1972年 | 12月 | 本社を東京都中央区日本橋本町三丁目8番3号に移転。 |
1982年 | 1月 | 三井製糖食品株式会社を設立し、二次製品販売部門を独立。 |
1983年 | 10月 | 川崎工場精製糖生産を休止、芝浦工場の名称を東部工場に変更。 |
1984年 | 11月 | 機能性甘味料「パラチノース」の生産・販売を開始。 |
1992年 | 8月 | 本社を東京都中央区日本橋本町二丁目8番2号に移転。 |
1994年 | 10月 | 三井製糖食品株式会社を吸収合併。 |
2001年 | 4月 | 新名糖株式会社と合併し、商号を新三井製糖株式会社に変更。当社の主要な工場に千葉工場が加わる。 |
2002年 | 9月 | 東部工場を閉鎖。 |
10月 | 東部工場の生産を千葉工場へ集約。 | |
2005年 | 4月 | 新三井製糖株式会社、台糖株式会社及び株式会社ケイ・エスの3社が合併し、商号を三井製糖株式会社に変更。当社の主要な工場に神戸工場と福岡工場が加わる。 |
2011年 | 12月 | 中国(上海)に上海駐在員事務所を開設。 |
2012年 | 6月 | 北海道糖業株式会社を連結子会社化。 |
7月 | 本社を東京都中央区日本橋箱崎町36番2号に移転。 | |
9月 | 岡山工場の精製糖生産を終了。 | |
2014年 | 4月 | 食品素材事業の一部を会社分割により、株式会社タイショーテクノス(連結子会社)に承継。 |
12月 | ニュートリー株式会社を連結子会社化。 | |
2015年 | 6月 | 岡山工場を閉鎖。 |
7月 | 株式会社平野屋を連結子会社化。 | |
2016年 | 2月 | タイ(バンコク)にバンコク駐在員事務所を開設。 |
2018年 | 10月 | SIS’88 Pte Ltdと同社の子会社のAsian Blending Pte Ltdを連結子会社化。 |
2019年 | 2月 | 長田工場を閉鎖、食品添加物の生産を株式会社タイショーテクノス(連結子会社)に集約。 |
2021年 | 4月 | 三井製糖株式会社を株式交換完全親会社とし、大日本明治製糖株式会社を株式交換完全子会社とする株式交換の実施により経営統合。三井製糖株式会社は商号を変更しDM三井製糖ホールディングス株式会社となる。また、吸収分割により、三井製糖吸収分割準備株式会社(連結子会社)に事業の一部を承継、同社は商号を三井製糖株式会社に変更し、DM三井製糖ホールディングス株式会社の連結子会社となる。 |
2022年 | 9月 | テルモ株式会社から栄養食品及び関連製品に関する事業を譲り受け。 |
台糖株式会社
1900年 | 12月 | 前身である台湾製糖株式会社創立。 |
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1946年 | 7月 | 新日本興業株式会社設立。 |
10月 | 商号を大東殖産株式会社に変更。 | |
1950年 | 5月 | 商号を台糖株式会社に変更し、台湾製糖株式会社の内地資産を継承、精製糖事業及び倉庫業開始。 |
1951年 | 9月 | 東京証券取引所に株式を上場。 |
1955年 | 6月 | 米国チャールズ・ファイザー社と合弁で台糖ファイザー株式会社(現 ファイザー株式会社)を設立、同社に製薬事業部門移管。 |
1973年 | 5月 | 神戸に新工場(現 神戸工場)を開設。 |
1986年 | 6月 | 制癌剤の製造承認を経て、原末の製造販売を開始。 |
2003年 | 1月 | 免疫抑制剤原薬工場竣工。 |
8月 | 会社分割により、株式会社台糖バイオ生産研究所を設立。 | |
2005年 | 4月 | 新三井製糖株式会社、株式会社ケイ・エスと合併して解散。 |
株式会社ケイ・エス
1949年 | 9月 | 前身である九州製糖株式会社設立。 |
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1989年 | 8月 | 株式会社ケイ・エス設立。 |
9月 | 九州製糖株式会社の資産、営業権を譲り受け営業開始。 | |
2005年 | 4月 | 新三井製糖株式会社、台糖株式会社と合併して解散。 |
大日本明治製糖株式会社
1996年 | 7月 | 大日本製糖株式会社と明治製糖株式会社の合併により大日本明治製糖株式会社発足。 |
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2001年 | 4月 | 関門製糖株式会社(西日本製糖株式会社より商号変更)にて日本甜菜製糖株式会社との共同生産開始。 |
2002年 | 3月 | 塩水港精糖株式会社、大東製糖株式会社と共同して砂糖製造受託会社、関西製糖株式会社を設立。 |
7月 | 新東日本製糖株式会社(2001年1月東日本製糖株式会社より商号変更)にて、日新製糖株式会社、大東製糖株式会社との共同生産開始。 | |
2005年 | 10月 | 中日本氷糖株式会社が関西製糖株式会社の共同生産に参加。 |
2007年 | 7月 | 関連会社 株式会社ニチナンを吸収合併。 |
2021年 | 4月 | 三井製糖株式会社を株式交換完全親会社とし、大日本明治製糖株式会社を株式交換完全子会社とする株式交換の実施により経営統合。三井製糖株式会社から商号変更したDM三井製糖ホールディングス株式会社の連結子会社となる。 |
大日本製糖株式会社
1895年 | 12月 | 東京・小名木川畔の砂村(現在の江東区)に、わが国最初の近代的精製糖事業として日本精製糖株式会社が発足。 |
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1906年 | 11月 | 大阪の日本精糖株式会社を合併。大日本製糖株式会社に社名変更。 |
12月 | 台湾糖業に進出。 | |
1907年 | - | わが国初の角砂糖の製造及び発売開始。 |
1943年 | 11月 | 日糖興業株式会社に社名変更。 |
1945年 | 8月 | 第二次世界大戦終戦、外地資産をすべて失う。 |
1950年 | 4月 | 内地資産をもって大日本製糖株式会社を設立。(資本金5,500万円) |
6月 | 株式上場 | |
1956年 | 10月 | ポリエチレン入り砂糖(小袋1kg、500g)を発売開始。 |
1971年 | 1月 | 三菱商事株式会社、明治製糖株式会社と共同して砂糖製造受託会社・東日本製糖株式会社(現 新東日本製糖株式会社)を設立。 |
1972年 | - | 独自の酵素分解法による調味料開発に成功。「コクベース」シリーズ発売開始。 |
1979年 | 4月 | 上場廃止 |
1982年 | 7月 | 三菱商事株式会社と共同して砂糖製造受託会社・西日本製糖株式会社(現 関門製糖株式会社)を設立。 |
1984年 | 2月 | ニットー株式会社設立 |
3月 | 営業の全てを1984年2月設立のニットー株式会社に譲渡し、解散を決議。(1993年6月清算結了) |
明治製糖株式会社
1906年 | 12月 | 台湾の台南に本社事務所を置き、わが国4番目の精製糖会社として明治製糖株式会社が発足。 |
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1912年 | 1月 | 横浜精糖株式会社との合併により、川崎工場を継承。 |
1945年 | 8月 | 第二次世界大戦終戦、外地資産をすべて失う。 |
1950年 | 8月 | 内地資産をもって明糖株式会社を設立。(資本金3,660万円) |
1952年 | 1月 | 株式上場 |
5月 | 明治製糖株式会社に社名を復す。 | |
1971年 | 1月 | 三菱商事株式会社、大日本製糖株式会社と共同して砂糖製造受託会社・東日本製糖株式会社(現 新東日本製糖株式会社)を設立。 |
1972年 | - | 燃える青い炎ブランデーシュガー発売開始。(現在終売) |
1980年 | 10月 | 上場廃止 |
1981年 | 2月 | 角砂糖、ラッキーシュガー等の生産拠点として千葉工場操業開始。 |
1983年 | 2月 | 西日本製糖株式会社(現 関門製糖株式会社)に経営参加。 |
1984年 | 2月 | 明糖産業株式会社設立 |
3月 | 営業の全てを1984年2月設立の明糖産業株式会社に譲渡し、解散を決議。(1984年8月清算結了) | |
1990年 | 12月 | フランス風のおしゃれな角砂糖 フレンチシュガー製造開始。(現在終売) |